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2016年4月11日 (月)

千客万来②

 Facebookなどの花だよりに後れをとりそうなので、急いで更新します。
4月2日、M君夫妻が呉に来ました。
なんでも2日から4日まで休みを取って出雲大社に行く予定だったとか。
その予定を変更して、2日に呉、3日から出雲大社に行くことにしたそうです。
ご夫婦ともに働いているので、なかなか三連休などとれないのでしょう。
貴重な一日を我が家に来ることにしてくれたようで、嬉しい限りです。

 さて、今回は奥様が戦艦など全く興味がないので桜を見たいとの
ご主人の依頼で、どこが良いか色々リサーチしましたよ。

 その結果、音戸に出かけることにしました。
「日招きの里」
Photo

 音戸の瀬戸は潮の流れも早く、岩礁があるため、開削が難しいと
言われていました。それを平清盛が一日で切り開いたとされています。
しかも、その工事を完了させるために沈みかけた夕日を招き返したという
驚きの伝説があるそうです。
そこから「日招き」という名がついたのだと初めて知りました。
扇で夕日を招いている清盛の像があります。
また、日招き石という清盛が立っていた足跡と杖の跡が残った石もありましたhappy01

 桜は満開cherryblossom
お天気も良く、大勢の花見客がいました。
でも、宴会をする人はいず、お弁当を食べている人が少しいた程度です。

 続いて行ったのは、穴場と言われる「串山公園」。
車から見ると、小高いところに桜の塊が見えます。
ところが、夫も車を停める場所はわかるけれど、道がいまいちわからないと
言います。「たぶん、この道を…」と言っている時に、坂道を下りてきた男性が
すぐ横の階段を上がり始めました。
「おっ、ここを上るんだ」と四人は男性の後を追いました。
金比羅山ほど段数はないけれど、結構急な階段です。
息切れする者、「足が…」とぼやく者。
件の男性はかなりの健脚とみえて姿が見えません。
やっとたどり着いた所は確かに桜は咲いているけれど、下から見たイメージと
ずいぶん違います。軽い失望感。
だけど、夫に気を遣ったのか誰もそれを口にしません。
が、M君が上のほうにまだ桜が咲いていそうなところを発見。
見ると提灯のようなものが見えます。
まだ、階段を上るの?と思いつつ、ここまで来たら行かなくちゃ。
果たして行き着いた先には、見事な桜が咲いていました。
どうやら、私たちは裏から上がったようですcoldsweats01
Photo_2
よかった、よかった。夫もほっとしたことでしょう。

正規の道を下って帰る途中にも素晴らしい景色がありました。

Photo_3
もっと見事な桜があったのですが、逆光で撮れませんでした。

 潜水艦が見えるカフェで休憩し、帰途につきました。
夕食はM君持参のお酒で盛り上がり~と行きたいところでしたが、
彼らは翌日出雲に行くので、少しセーブしましたhappy01

Photo_4

翌朝、M君夫妻が出発すると、急に静かになった気がしましたsmile
二週続けて友人夫妻が来てくれたのですが、それぞれ夫婦間の空気と
いうのか、味というのか、そういうものが全く違うけれど、
どちらも良い夫婦だなと感じました。

次はだれが来てくれるのかなぁheart04 楽しみに待っていますよscissors

2016年4月 7日 (木)

千客万来①

 パソコンが壊れまして…。
ネットであれこれ、安いのを探して、やっと新しいのを買いました。

 先月26、27日、姫路在住のO夫妻が呉に遊びに来てくれました。
どこに連れて行こうかな、夫婦であれこれ検討しました。
なぜかO夫人と私が会う時は、かなり確率でお天気が悪いのですが、
今回はご主人が一緒だったからか、晴天でした。

 お昼過ぎに着いた彼らを、まずは上蒲刈島の県民の里のレストランに
連れて行きました。写真なし。すぐに食べ始めたものでcoldsweats01
海人丼という海鮮丼で、太刀魚が入っていました。
藻塩の館を覗いた後、大急ぎで御手洗へ。

 とびしま海道は下蒲刈島、上蒲刈島、豊島、大崎下島と続きます。
その大崎下島に御手洗があります。

以下、O君が撮った写真
Photo 御手洗の古い町並み 

Photo_2石の太鼓橋

Photo_3乙女座(二階席から)

Photo_4足長小学生の標識

翌日は江田島の海上自衛隊(旧海軍兵学校)の見学。
10時からの見学案内に間に合うように急いで行ったのですが
この日はなんと年に四回ある一般公開日。
入り口で、訓練生が人数を数えるため、「窓を開けて頂けますか?」
「総員は…4名ですね」と。
「総員」という言い方に反応した私たち。自衛隊訓練学校に来たという実感。
自由に見学出来るとはいえ、資料館以外は中に入れません。
案内の方がいる時は講堂の中に入れるのにとがっかりしましたが、
教官らしき方が「今日は特別に中庭に入れますよ」と教えてくれました。
Photo_5

Photo_7

Photo_8

中庭から見る校舎もまた趣が違ってよいものです。
先ほどの教官(?)が来られて、訓練生がどういう訓練をするかなど
話してくれました。
ここは三回目ですが、一緒に行く人や説明してくれる人が変わると
興味をもつところが違ったりして、毎回新たな発見があるので楽しいです。
資料館では、特攻隊の遺書に心打たれます。

 昼食は、あごだし醤油の会社が出しているうどん店で頂きたかったけれど、
人が多くて駐車場所がなかったので、諦めて潜水艦が見えるお店で食べました。

 彼らが帰るまで残り時間がわずかなため、大和ミュージアムはやめて
その隣の「てつのくじら館」へ。ここは私たちも初めてです。
入場料無料の割には中身の濃いところでした。潜水艦内部も見学出来たし。
体の大きい人や閉所恐怖症の人は乗組員にはなれないようです。

Yjimage_2

限られた時間で、いっぱい楽しんでもらおうと、あちこち連れ回した感が
ありましたが、友人夫妻はよく付き合ってくれたと思います。

 とても楽しかったので、長岡京市在住のM君に
「O夫妻が遊びに来たよ。M夫妻も遊びにきてね」とメールしたら、
「土曜に行く」との返事。
4月2日はM夫妻が来ました~。で、その時のお話はまた後日paper

2016年2月20日 (土)

大三島美術館巡り

 とびしま海道を走り、岡村港からフェリーに乗り大三島に行きました。
以前、愛媛の西条市に行く時もこの経路で行ったのですが、
その時は西条に行くのが目的だったので、大山祇神社に寄っただけでした。
実はこの大三島には美術館がたくさんあると聞き、今回は美術館巡りをすることに。

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 大三島の宗方港に降り立ち、まず「岩田健 母と子のミュージアム」へ。
ここは古い学校跡にあり、校舎は民宿になっているそうです。

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「訶梨諦母像」というのがあったけれど、全く読めず。
帰宅後調べると、「かりていも」と読み、鬼子母神のことだそうです。
鬼子母神とは?と調べ、意味を知っていたら、この像の見方も変わったかもと
思いました。

 次は「伊東豊雄 建築ミュージアム」
ここは入場料の割に、狭くてあまり見応えがありません。
次は「ところミュージアム」 ここは結構面白かったです。

 そこから大山祇神社に移動し、神社前の安くて美味しいと評判の食堂へ。
開店は11時半ですが、店の前に予約表が置いてあって、9時から名前を
書き込めるようになっているそうです。私たちの順番は17番目。
これは一巡目で入れないなと、神社見学に行きました。
11時半に一応店の前に行き、やっぱり呼ばれず、店の横の
大三島美術館の無料スペースをウロウロして時間を潰しました。
海鮮丼が量たっぷりで美味しかったです。
食後ゆっくり大三島美術館内を見学しました。

 ここからまた多々羅しまなみ公園近くの村上三島記念館へ。
ここでは三島の書や使った筆、墨、硯、印鑑などが展示してありました。
道の駅で買い物をして、宗方港方面へ。
お昼を食べた食堂前を通りましたが、もう売り切れ閉店してました。
伯方の塩工場で見学。

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これを頂きました。
ここで食べた塩ソフトクリームが実に美味でした。
塩をちょっとかけて食べるのですが、それが甘さを引き出し絶妙の味になります。

 で、帰途についたのですが、大三島がこんなに見どころのある島だとは!
岡村港や大三島は愛媛県ではありますが、
呉周辺、ちょっと車を走らせると面白い所がたくさんあるなあと思った1日でした。

2015年3月30日 (月)

近況…その3

 次のイベントが近づいているので、大急ぎで近況をアップします。
3月2日
音訳のお仲間から甘夏をたくさんいただいたので、マーマレードを作りました。
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大鍋いっぱい作ったのに、結構大きめの瓶に入れたので、
夫の会社の方に差し上げたり娘に送ったりしたら、あっという間になくなりましたcoldsweats01

3月6日、7日
 夫が西条の職場の方が退職されるため送別会と送別ゴルフに誘われました。
高速代などは、車に一人乗っても二人乗っても同じだしと、私も懐かしい
西条にくっついていきました。
6日の夜が送別会、7日がゴルフ。6日は平日だから高速は安くない、というわけで
8時頃だっけか?出発(一か月近く前だから忘れてるcoldsweats01)し、
とびしま海道をひた走り、岡村島(ここはすでに愛媛県)からフェリーに乗りました。
大三島で降り、かの有名な大山祇神社へ。
何だか気忙しくて忘れてたけど、夫は今年還暦。
厄年でもあるのに何もしていないので、お守りを買いました。
そこから移動し、はるみ、せとか、レモンなど柑橘類を購入して、一路西条へ。
まず、行ったのが、JA周桑がやってる「周ちゃん広場」
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やっぱり野菜は新鮮で安い。呉のスーパーと比べると同じ値段で量が倍のものも。
うちの近所のスーパーではあまり置いてない野菜もあります。
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スパイラルという名のブロッコリー。
ブロッコリーとカリフラワーの中間位の味です。
他にもエアープランツ、タラの芽、蕾菜も。
「安い、安い」とテンションが上がりまくり、ブロッコリーや小松菜、ズッキーニ、
ネギなどどこででも買えるものまで買いまくりました。
残念なのは、レインボーキウイが時期外れで買えなかったこと。
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ゴールデンキウイに負けず劣らず甘いのです。しかも、国産。
旬のときは輸入物より安いのになあ、残念。

その後は、嘉母神社で日本一おいしい水を汲み、
行きつけだった整体院で体をほぐし、本谷温泉に浸かり、ホテルへ。
夫が送別会に行った後、私はホテルのサービスディナーを頂きました。
帰ってきた夫の手には花束が。
送別会は、夫の定年のお祝い?慰労?を兼ねていたそうです。

 翌日はあいにくの雨の中、夫はゴルフへ。
私は西条駅前の鉄道歴史パークに行きました。
すでにFacebookでは写真を紹介しましたが、
Photo

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入館料は300円、入り口で切符にはさみを入れてくれるんです。
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 その後は慣れ親しんだ紺屋町商店街でウインドーショッピングののち
近くの図書館でゆったりとした時間を過ごしました。
ゴルフから戻った夫と合流し、帰宅途中に今治の蔵人珈琲に寄りました。
ここがまた素敵なカフェなんです。いつ行っても満員。
で、写真は撮り忘れましたcoldsweats01

大体こんな感じで遅ればせの近況報告は終わりです。
あ、映画は呉に来てから二本しか観ていません。
「バンクーバーの朝日」「チャーリー・モルデカイ」

だんだん調子が出てきたので、続けてブログ更新する・・・かも
確約は出来ませんけどwinkpaper

2015年3月27日 (金)

近況…その2

 Facebookで「呉っていいね!」というコミュニティーがあります。
そこに入ると、呉に関する色々な情報がアップされ、それを見ることが出来ます。

 その中に手作りケーキのお店の紹介記事がありました。
この記事を見なければ恐らく、訪れることがなかったろうと思います。
山の方にちょっと行って、トンネルを抜けて、信号を一つやり過ごして、
のぼりが出ているところを左折して…。
狭い道に入ったけど…と思ったらPのマーク。車を止めて歩き出すと、
矢印と「あと○メートル」とかいた立札があります。
また「この階段を上がって信号を渡る」という立札。
さらに信号を渡って坂道を行くと
「あと○メートル」しばらく行くと「あと○メートル。もう少しです」と
親切な道案内の立札があります。
「注文の多い料理店」に導かれるような気分です。
夫は、あまりの道に狭さに「車で来なくてよかったぁ」と。
ヘロヘロになりかけた頃、ようやく店に着きました。
民家なんですけどね。月に四日だけ開店しているそうです。
注文を受けてケーキを箱に入れるのは奥さん。
ご主人は、人が来て話をするのが好きな様子で、
サービスのコーヒーを入れてくれて、ニコニコと楽しそう。
趣味と実益を兼ねて、楽しい時間を過ごしているように見えました。
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ケーキのお味は、ケーキ屋さんのそれとは少し違う家庭的な味でした。

その後、熊野町の「筆の里」に行きました。
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ちょうど片岡鶴太郎さんの展示会が開催中でした。
ほかにも色んな筆の展示や有名人の書と使っていた筆の展示。
筆の歴史や作成行程など見ごたえ満載でした。
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 折角だから、化粧筆でも買おうかなと思ったら、結構お高くて…。
で、リップ用の筆だけ買いました。
書道の心得があれば、少し張りこんでも書道用の筆を買いたかったなあ。

2014年12月 3日 (水)

旧友と海軍兵学校へ

 学生時代の友人三人が呉に来ました。
三人とも11月生まれで、今年60歳になるので、還暦旅行を計画したらしいです。
一人は尼崎、一人は山口から、もう一人は法事の後実家の徳島からなので
中間点で会うことになり、呉に行く話が出ているとメールをもらいました。
それで、是非来てくださいとお返事したわけです。

 山口の友人とは卒業以来ですが、待ち合わせ場所で顔を見てすぐにわかりました。
38年の月日を一気に飛び越えた感じ。
話したいこと聞きたいことが次々と口をついて出てきます。
周りから見れば、何とも姦しいおばさん軍団だったことでしょうbleah

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 お店の方が料理を運んでくる度に「還暦旅行なんです」と写真を撮ってもらう四人。
お目汚しになるので、美味しそうな料理の写真だけ紹介します。
(お目汚しは私だけですが、と一応言っておきますsmile)
東京出張だった夫が途中から参加。スーツ姿の夫と話していて同級生なのに
いつの間にか敬語になっているTさん。「会社の上司と喋ってるみたいになったわ」
みんなで大笑い。ほんとは何の話題が出ても大笑いしてたんですけどね。

 翌日は、前の週に夫と行ってとっても感動して帰った
江田島の海上自衛隊「旧海軍兵学校」に三人を案内しました。

途中に見える三ツ子島

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メキシコ産の工業塩を輸入し貯蔵するための場所で、白く見えているのは全部塩です。

 さて、旧海軍兵学校。世界三大兵学校の一つが江田島にあるのが驚きです。
ここでは一日数回無料で校内を案内してくれるので10時からの見学に参加。

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上は大講堂の一般出入口。
正面からは皇室の方や議員さんしか入れないとかで、横から入りました。

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 天井には和紙が貼ってあるそうです。
マイクなしでも、音が響くようになっています。

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幹部候補生学校庁舎(海軍兵学校生徒館)

 ここの煉瓦は千何百度で焼いているので、表面がツルツルで
いつまでも美しいのだそうですよ。中には入れません。

長さ140メートルの回廊は見ごたえがありますが、写真にはうまく写りません。

 「教育参考館」には海軍軍人の紹介や作品、遺書などが展示されています。
先週の案内人の方は「色んな人の展示かありますが、佐久間勉という人のこと
だけは覚えて帰ってください。それから遺書もたくさんあります。
一通だけでいいです。最初から最後まで読んでください」と言われました。

 「佐久間勉」とは、潜水艇で訓練中の事故で亡くなった人ですが、
ガスが充満し、死期が迫る中遺書を書き続けたといいます。
内容は、まず明治天皇への謝罪、乗組員の家族への謝罪、
事故の原因、分析、対策など、最後は文字が乱れながらも職務を全うした姿勢は
海外にも強い感銘を与えたそうです。
 また、事故となればデッキに人が集中するものですが、
この船の乗組員はほぼ全員が持ち場を離れず亡くなっていたという話に
多くの見学者が、最近あった某国の船長との違いを頭に思い浮かべた様子です。

見学の後は、海軍カレーを食べてみました。正直なところ、普通でしたcoldsweats01

 「行ってよかった国内無料観光スポット」第三位になったとか。
確かにとっても充実していて、二回目でも新たな発見がありました。

 その後は、「入船山記念館」へ。
控えていたボランティアの方に案内してもらいました。

 雨が降り出したので我が家にご案内し、ちょっとお話しした後、お別れの時間に。
ベランダからホームが見えるので、ベランダからお見送りすると、
電車に乗り込むまで笑顔で精いっぱい手を振ってくれた三人。
何とも爽やかな気持ちになりました。
「来てくれてありがとう」心から思いました。

2014年11月18日 (火)

旧海軍の遺産巡り

 呉では、お盆と年末年始以外の毎土・日・祝日に観光ボランティアの案内で
『旧海軍の遺産巡り』というのが出来ます。
予約不要で、バスの一日乗車券400円を購入し、指定されたバス停に
13時10分に集合すればよいので、気軽に参加出来ます。
日曜日、夫婦で参加しました。一人のボランティアガイドが参加者全員を
引き連れて行くのかと思っていましたが、一組に一人ついてくれるのです。
参加者は、私たち夫婦のほかに女性二人組と一人で参加の女性の三組。
出発時間丁度に昔懐かしいボンネットバスが到着。
「いらっしゃいませ~」と明るく出迎えてくれたのは、
70歳はとうに超えていると思しきバスガイドさんwobbly
 活き活きと「左に見えますのは~」と流ちょうにあれこれ紹介してくださいます。
実は私のこの日一番の衝撃はこの女性です。
あのお歳で、少しでも呉のことを知ってもらおうと、
満面の笑みを浮かべ、時には小首をかしげ、冗談も交えて話す様子は
現役バスガイドも顔負けではないかと。
こんな風に年を取りたいものだ(なれるかな?)と思いました。

 さて、最初の見学場所は、「歴史の見える丘」
ここでバスガイドさんとお別れ。ボランティアガイドの男性の案内が始まります。
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海軍工廠内の階段はL字型の石が特徴。

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「嗚呼戦艦大和之塔」
上の部分は大和の艦橋部分を模ったもので、実物の十分の一の大きさ。
両側にあるのは主砲徹甲弾。

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「正岡子規の句碑」
他にも呉出身の歌人「渡辺直己」の歌碑などがある、この位置から海側に
海軍の基地を作るため、そこにあった民家や神社、お寺までもが
山側に移転させられたそうです。

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海側にある大和を建造したドッグ跡。
海軍基地があるということで、呉は何度も空襲にあったそうですが、
ドッグにだけは爆弾を落とさず残していて、
戦後アメリカの造船会社が使ったとか。

 次は路線バスで移動し、「アレイからすこじま」で降車。
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潜水艦が二隻浮かんでました。
いつもより少ないそうです。
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レトロな雰囲気を醸し出すレンガ造りの建物。
今、倉庫として使われているそうです。
「横浜みたいにおしゃれなお店にでもすればいいんでしょうが…。」とは
ボランティアガイドの方の言。

 次に来たのは例のボンネットバス。
あのガイドさんが乗ってました。一緒に写真を撮ってほしいけれど
お仕事に専念しておられるので、そんな浮かれたことを言う勇気もありません。
「クリスマス前には蔵本通がイルミネーションに包まれます。
お近くの方は是非見に来てくださいね。遠方の方ももう一度呉にお越し
いただけると嬉しいです。」って、来るよ、絶対見に来るhappy01

 最後に訪れたのは、「入船山記念館」
もともと、呉浦の総氏神である亀山神社の鎮座地。
三方を山に囲まれ防御に優れた土地で、艦艇の入出港や生産活動の拠点として
適していたため、呉への鎮守府の設置が決定。
この地に軍政会議所兼水交社が建てられ、
明治25年からは呉鎮守府司令長官官舎として利用されました。

 門のところには、この記念館を案内するボランティアの方が控えていました。
門を入って左には「旧東郷家住宅離れ」があり、休憩所になっています。
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「旧呉海軍工廠塔時計」

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「券売所」
初代呉鎮守府庁舎の煉瓦を使用していて、この積み方はイギリス式なので
煉瓦もイギリス製かと思われていたのですが、日本製だとわかったそうです。
ちなみに、1日乗車券を持っていると入館料が50円割引され、200円になります。

火薬庫、郷土館と回って、メインの「旧呉鎮守府司令長官官舎」へ。

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表側が洋館、後ろが家族の住居和館部になっています。
屋根は天然プレート魚鱗葺き。
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「客室」

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「食堂」

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この壁紙は「金唐紙(きんからがみ)」。
 太平洋戦争終結後、呉は英連邦軍の占領地区となり、
この建物は占領軍の総司令官官舎として使われていました。
日本政府に返還されたのは昭和31年。
その間に建物の内外とも白ペンキが塗られるなど改造が加えられ
昔の面影がなくなっていました。
平成3年から5か年計画で調査、解体、修復を行う際に、電気スイッチボックスの
下地などからペンキで塗られていない金唐紙が発見され、復原されたそうです。

 むむ、関東にいたとき訪れた旧岩崎邸でも見たっけ。
それを覚えていた自分をほめてやりたいですね。
最近、物忘れがひどいものでcoldsweats01
というか、旧岩崎邸がほんとに豪華で忘れようにも忘れられないほど
素晴らしかったんです。
ここまで呉を紹介しておいて、岩崎邸がすごかったというのもなんですが…。

 以上で約2時間半の遺産めぐりは終了。
最後にこんな記念品を頂きました。
「ガイド付きツアー完歩証明書」つきのあぶら取り紙とウェットティッシュ。
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 残念ながらボンネットバスの巡回時間が過ぎていたので、路線バスで自由解散。
ボランティアガイドのお勧めに従い、中通3丁目で降り、「昴コーヒー」というお店で
乗車券を見せ、海軍さんのコーヒーの無料サービスを受け帰宅。

 帰宅後、夫が「一人600円で実に濃い内容だったなあ」と申しました。
シルバー世代いや、プラチナ世代のボランティアさんに感謝です。

2014年10月18日 (土)

野呂山やら大和ミュージアムやら…後編

 さて、続きです。なんと実際に行った日から一週間経ってしまいましたcoldsweats01
12日日曜は、呉のヤマト波止場にて「海軍グルメフェスタin呉」なる
イベントが開催されました。

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奥に見えている建物は大和ミュージアム。

 呉市、横須賀市、舞鶴市、佐世保市の「旧軍港4市コーナー」では、
それぞれ自慢のカレーやコロッケなどが販売されていました。
ミニサイズのカレーが300円とあって、味比べをする人もいたようです。
が、とにかく行列が長い。

 「瀬戸内・広島グルメゾーン」や「しまのわグルメゾーン」に移動すると
少しは人が減るものの、並ぶのが苦手の二人はただウロウロするばかり。

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大和が作られた造船所です。
手前の船は松山からのフェリーです。

 ま、そんな私たちも何とか空いている店で「汁なし担々麺」と
「ミルクレモンソフト」を食べることができました。
千福の吟醸酒を練りこんだチョコを使ったモミジ饅頭も買い
これは自宅で食しましたが、吟醸酒の味はわかりませんでしたcoldsweats01

 そして、いよいよ大和ミュージアムへ。
10分の1サイズの戦艦大和がドーンとありました。

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零戦

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 こういう展示物だけでなく、呉が軍港としてどう栄えて来たか、
その歴史が事細かに展示物やビデオで紹介されています。
それらをじっくり見ていくと、一日では回りきれません。
年間パスポートを買って何度も見に来た方がいいんじゃないか?
そう思い、受付で問い合わせると、年間は4月から3月まで2000円だけど
今は10月だから、1000円でいいと言います。
安い! だって一般入館料は500円ですよ。2回来たら元が取れるんです。
しかも、入会したらその日の入館料は返金してくれるんです。
飛びつきました。

 ショップにはもみじ饅頭などの広島らしいお土産もありますが、
軍港らしいお土産もたくさんありました。
特に夫が興味をもったのは、軍艦のクラフトモデル。
定年退職したら…いやいや定年にならなくてもやってみたらどうかな?

ここには男性が持っている少年の心をくすぐるものがいっぱいある気がします。

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本日の収穫物。
グルメフェスのがらポン景品「しまのわのシール」「色鉛筆」「色紙」。
新聞のチラシと交換した「いが餅」(どうやら祭りがあると周辺の和菓子店で
売られるようです)。
左上が吟醸入りチョコもみじ。

次はお向かいの「てつのくじら館」に行ってみたいと思っています。

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最後に呉駅前のモニュメント。説明がどこにもありませんcoldsweats02

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2014年10月16日 (木)

野呂山やら大和ミュージアムやら…前編

 台風19号は各地で猛威をふるったようですが、皆様大丈夫でしたか?
13日は呉線も午後から運休しておりました。
ここに住んで4か月弱、呉線て結構ちょっとした雨でも遅れたり止まったりすると
わかっていたので、それほど危機感を感じておりませんでした。
で、夫婦で久々においしいお好み焼きが食べたいなと、
近くのお店に行くことにしたのです。ところが、思いのほか風が強い。
それでも近いから何とかなるさと歩いておりました。
その時突風が吹いて全く前に進めなくなりました。
夫と私は即座に向きを変え帰宅しました。
「全然前に進めんかったのにはびっくりしたなあ」と嬉しそうに言う夫。
まるで台風の時にはしゃぐ子供のようですsmile
「命がけでお好み食べに行くことないもんね」
マンション暮らしも長くなると、台風の怖さもあまり感じなくなります。
特に今住んでいるところは、ベランダの向きなのか、構造上なのか
雨も降りこまないし、風もあまりあたらない。それゆえ油断いたしましたcoldsweats02
そういえば、テレビで無用の外出は避けるようにと言ってたっけ。
いくら注意喚起しても、受ける側の意識が低ければ大きな事故につながる。
深く反省した次第です。

 という長い前置きは終わりにして、連休中出かけたところの報告です。
11日は瀬戸内海国立公園「野呂山」へ。
標高839メートル。ロッジ、キャンプ場などもあり、
中国自然歩道、登山道、遊歩道も整備されておりますが、もちろん車で行きましたwink
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途中の鉢巻き山からの景色。
手前の島の名前…忘れましたcoldsweats01
その奥が先日ご紹介したとびしま海道。
下蒲刈島は切れていますが、上蒲刈島、豊島、大崎下島が見えています。
天気が良ければ左奥に石鎚山が見えるそうです。

頂上近くのビジターセンターでは駒やけん玉で自由に遊べるようになっていて
夫が何度も駒を回して喜んでました。
「せせらぎ」という杖のようなものを売っていて、「杖ではありません。
耳をあててみて」と書いてあります。
実際耳をあてるとせせらぎのような音が聞こえます。

作り方は
枯れた虎杖(いたどり)を採取、枝を落とし節を貫通させ
消毒乾燥後、らせん状に穴あけし、爪楊枝などを刺す。
すべての穴に刺し終ったら「魔法の粒」を入れ布で栓をする。


「魔法の粒」が何か知りたいんだけどなぁ。

ビジターセンター横の「氷池」

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昔、ここで天然氷を製造し、県内はもとより岡山、山口、愛媛、九州方面に
販売していたそうです。
左上に見えている木は「ラクウショウ(落羽松)
羽根のような葉が秋になると落ちるところからその名がついたとか。

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池を一周するのに歩いた道。下が木なのでとっても歩きやすいです。

 レストハウスでは「野呂山芸術村企画展」というのをしていて、
7点ほど日本画が展示してありました。入館無料。

 かぶと岩展望台でもう一度景色を眺め、ロッジでコーヒーを飲んで休憩。
パンが売ってあったので、「このパンを買ってここで食べてもいいですか?」と訊くと、
「それならセットがありますから、そちらのほうがお得ですよ」と。
170円プラスすると、130円から160円のパンどれでも好きなものを
2個選べるそうな。そこで食べても持ち帰ってもいいというので
それはお得だわと買いました。トータル530円でコーヒーとパン2個。
得した得したと喜んでおりましたが、店の隅に展示されていた地元陶芸家の
カップ&ソーサーが気に入って三つ買ってしまいました。
結構な散財よねぇ。でも、気に入ったからいいんじゃないかしら。
しまい場所がないわぁ。誰か来た時にちょっと出すとオシャレかも。等々
買ってしまってから揺れる女心…。

 ほかにも「星降る展望台」というのもあるみたいです。
何とか流星群や皆既月食を観るのにいいとは思いますが、
夜、カーブの多い道を運転してくる気はわが夫にはさらさらないように思われます。

続きはまた明日……(かも)

2014年10月 9日 (木)

下蒲刈島…松濤園

 御手洗(みたらい)が潮待ちの港として栄えたと前回書いたが、
その後、夫が会社で船長をしている方から新たな情報を仕入れて帰ってきた。
私たちが行った大崎下島の近くに大崎上島というのがある。
この島にある木江というところが、潮待ちの港として御手洗より大規模だというのである。
広島県豊田郡になるため、私が持っていた呉の観光ガイドには載っていない。
そこで、ちょっと調べてみた。
この島には橋が架かっていないので、船で行かなければならない。
江戸以降の建物が見られる範囲が、確かに御手洗より広そうだ。
三階建ての木造家屋がたくさんあり、その中には元遊郭もあるらしい。
但し、御手洗のように当時の町並みを保存するための努力はしていないと見えて
人も住んでいないし、ほぼ廃屋と化しているようだ。

 実際に行かなかった場所の紹介はここまでにして、
日曜日、御手洗の帰りに立ち寄ったのが下蒲刈島にある松濤園(しょうとうえん)。

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 下蒲刈町は古くから瀬戸内海の海上交通の要衝として栄えて来た町であり、
江戸時代には朝鮮通信使が12回来日したうち、11回立ち寄ったという
歴史がある。
「松濤園」はその歴史と文化を偲ばせてくれるところである。

 ちなみに呉から下蒲刈島に架かった橋の通行料が720円だった。
で、とびしま海道の指定された店で1000円以上の買い物をすると
帰りの通行料の無料券をもらえることになっているらしい。
松濤園の入館料(800円)も有効らしく往きのチケットを見せて、
無料券をもらった。

 それはさておき、この松濤園には『陶磁器館』、『御馳走一番館』、
『あかりの館』、『蒲刈島御番所』の四つの建物がある。
『陶磁器館』では、松濤園所蔵品展Ⅲ「麗しき柿右衛門」の展示があった。
二階から見える景色が素敵だったので、館内は撮影禁止だけど、
中から外はOKかなと撮っちゃった。

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潮の流れの早さも観ることが出来た。

『御馳走一番館』

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この屋根は榑板葺石置屋根というらしい。
ここでは、通信使船の模型や行列の様子を立体化したもの、
通信使の人形など様々な資料が展示されていた。
個人的に一番興味深かったのは、饗応料理の豪華さ。

『あかりの館』
文字通り、日本のあかりや西洋のランプが数多く展示されていた。

『蒲刈島御番所』
突棒、ガリ棒、サス棒の三道具や火叩棒、消火用水桶が置いてあった。
髙札場には、通信使を迎えるにあたり、失礼のないよう
様々な注意書きがあった。

 昔はこんなに敬意を払い合い、仲良くしていたのに…と、思った。

この日は台風が近く、だんだん風が強くなり、改修工事をしている人たちの
そわそわと落ち着かない様子に、お邪魔にならないよう早々に引き揚げた。

 呉は結構広くて、他にも見どころがたくさんありそう。
さて、次はどの方向に行こうかな。