マスカラ
初めてコンタクトレンズを入れたのは高校生の時、ハードコンタクトだった。
このハードコンタクトというのは、ちょっと風が吹けば砂埃が入るのか、すぐに目が痛くなる。目玉を急に動かすと白目のほうにずれてしまう。前髪が当たるとこれまた痛くて目を開けられなくなる。だから、自分の感情や意思とは関係なく涙を流す回数が多かった。
時には、教室や通学路で事情を知らない同級生や通行人に、不審そうな顔で見られることもあって、かなり恥ずかしい思いをした。そういう時は誰も訊いていないのに、「コンタクトが~」などと言ってみたりするのだが、何も気にしていなかった人を「何事?」と振り向かせてしまい、逆効果になったこともある。
たまに悲しいお話に同情して泣いていると勘違いされて、「繊細なんだね」と言われ、これ幸いと勘違いのままにしておこうと思ったら、友人が「違う、違う。コンタクト!」といらん口出しをする。それだけならまだしも、「この娘がそんなことで泣くわけないやん」とまで言う。
およそ、コンタクトレンズとは、手入れも含めて苦労の多いものである。
お化粧をする年頃になると、このコンタクトのおかげで、思わぬところで涙が出るため、アイラインやマスカラは控えていた。そのうち、ウォータープルーフなるものが出てきたが、やはり涙が出ると、目の下が少し黒くなってしまう。そのため、当分私の目の周りのお化粧はアイシャドー止まりであった。
何年か前、すっかりお化粧が上手になった娘に「おかあさんは私と一緒で目がしょぼいんだから、もうちょっと目元のお化粧に力を入れたほうがいいよ」と身もふたもない言い方で目元のお化粧、とくにマスカラを使うことを勧められた。
今は昔と違って、良いマスカラが幾らでも出ているらしい。今までマスカラなど興味もなかったが、あれこれ試してみた。少し前にいつもの化粧品メーカーで新しいマスカラが出たと聞き、見せてもらいに行った。美容部員は大張りきりで、上瞼の裏側がめくれて外気にあたっているのではないかと思う位、ぎゅいんと睫毛を引き上げた。次にマスカラの下地を丁寧につける。これが糊みたいで、睫毛がばりばりになった気がする。そこにマスカラを長い時間かけてつけ、「出来ましたよ~。ほら」と鏡を見せる。
鏡の中に写っていたのは、ビックリ人形みたいなおばさんだった。これ、ええわけ?
どうしてもなじめない。彼女は何度も「素敵ですよ~」と繰り返す。結局、下地はやめて、マスカラだけ買って帰った。
翌日、職場の相棒にその話をすると、「あのね、自分が思っているほど人は見てないものよ。気にしないでどんどんつければ? それに私たちの目のまわりの肌は死んだようになっているから、つけすぎなくらいつけても大丈夫よ。」と励ましているのかどうかわからないようなことを言う。
でも、人が見てないなら、頑張ってお化粧することもないんじゃない?
待てよ。私は誰に見てもらいたくて化粧をするのだろう? 夫…ではない気がする。
待て待て、迷走し始めてるなぁ、私。
限界はあるにしても、いつまでも若くありたい、少しでも美しく見せたいと思うこと。
お化粧はしなくても、身だしなみをととのえること。身奇麗にしていること。
それは、特定の誰かのためではないよなぁ。うまくは言えないけどさ。
とにかく、マスカラは今のところ、下瞼について目の周りを真っ黒にすることもないので、暫く頑張ってつけてみようと思っている。







帰りはJRでと浜松町駅に向かって歩いていると、なんだか見覚えがあるような…。

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